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2017年5月

2017年5月30日 (火)

悩んで悩んでたどり着いたものは

何かのきっかけで、忘れかけていた気持ちが、
いろいろぶり返すことがあります。

先日も、うっかり、スイッチを押して(押されて?)しまいました。

昨年、ある方と呑んだ時、

「自分は転居や転職ばかりして普通ではない。
 自分みたいな人間は結婚に向いていないと思う。
 たぶん、普通は相手の親が許さないでしょ」

 (ちゃんと まともなお仕事されている方です)

みたいな話をされて、その考えがさみしいなあと、
悲しくなったことがありました。

その時、酔って回らない思考回路で、
「わたしも普通じゃないし、そんなん気にせんでもええんちゃうの?」
(わが家は片親で、なんとなくややこしい家庭環境育ちだから)
と フォローしようと一瞬思ったのですが、
それも なんだか相手に失礼よねと思い
結局何も言えず、言葉を飲み込んだことが ありました。

しばらくその話は記憶から遠ざかっていたけれど、
5月は母の日とか、母親の命日があるためか、
急に思い出してしまいました。

元気いっぱいのときは、何も思わないのだけど、
ちょっと気持ちが弱ってしまうと、
「わたしがだめなのは、5歳までしか母親に育てられなかったからだ」
とか
「わたしがだめなのは、普通の家庭環境じゃなかったからだ」
とか
いじいじ いじいじ するのです。

もう42歳なんだから、いいでしょと思うのだけど、
あかんときって、そういうもんです。

普通の家庭で育っていないわたしには、
何か欠けている、欠陥人間だ。
そんなふうに 考えてしまうのです。
これまで、いっぱい書いている通り、
たのしいご近所さんに囲まれて
今はとても幸せに暮らしているのに、それでも、
子供時代の不幸は今なお心に影を落とす、おそるべし。

そんなことを考えながら、ある晴れた5月の日曜日、
チェロのレッスンのため、先生の家に向かう途中、
ふと 気付きました。

「確かに、母親には5歳までしか育ててもらえなかったけど、
 その後13年、高校卒業まで、祖母がずっとわたしを育ててくれた。
 それにも関わらず、自分のことを、環境だけで欠陥人間扱いするのは、
 育ててくれた祖母にずいぶん失礼な話よね」

人生のラスト14年のうち13年を、
祖母はわたしのために使ってくれたのに、
そのわたしが、自己否定してしまうと、
それは、祖母の13年も否定することになってしまうなぁ と。

そんなことにも気付かず、何十年も ときどき いじけて過ごしてました。

それを考えるきっかけになったのは、冒頭の、
昨年の呑みの話を思い出したからかな。

思わぬところからスイッチが入って、
長年の悩みが解決したりするものなのね。

シンプルライフの話がないので、最後に、申し訳程度に。。。

≪5月29日(月)20時過ぎ 淡路よりそら豆入荷!≫
P5290003

ま~た、どえらい量です。
伯父が、わたしのために作ってくれています。
相変わらず、食べ物は買わない暮らし。

こんだけ可愛がってもらったら、充分じゃないの。

2017年5月29日 (月)

居室の照明を変えました

ごぶさたしてます。

今の家に引っ越してから4年半。
居室の照明は、最初からついていたペンダント型の照明を
使っていましたが、なんか気に食わない。
そう思いながら4年半放置していたのだけど。

なんかいいのはないやろかと、ネットで物色して、
ついに購入しました。

≪木目の照明。もちろんLED対応≫
P5280002

≪下から見ると、こんなんです≫
P5280003

≪部屋全景≫
P5280001

以前から、変わり映えのしない風景です。
ここに越してきたときに、この部屋は森のイメージで考えていました。
じゅうたんは、草のイメージで緑
カーテンも、森っぽいものを探していたのですが見つからず、
でも、結構気に入ったクチナシの花。
なので、照明は木なんです。
なんで、木が上にあるのかわかりませんが。

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